水星の魔女は鬱展開ある? プロポーズは死亡フラグ? 同作の鬱を超えるさらに上を想像する、衝撃展開予測。

機動戦士ガンダム〜水星の魔女
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水星の魔女、面白いですね。

前半はスレッタ&ミオリネ百合からの学園ハーレム展開で、いままでのガンダムとはちょっとノリの違う作品になっていました。

しかし一方で、ガンダムシリーズというのは兵器をあつかった戦いの物語でもあります。その裏側には、常に死の気配が漂っています。

そんな同作には「鬱展開があるんじゃないか?」という説も出回っていますね。

こういった丁寧につくられた作品は、見える範囲の情報から、展開予測はけっこうできるものです。
今回は、そんな鬱展開についての考察と、鬱を超える衝撃展開の予想についてのお話をします。

鬱展開説はどこから出てきた?

水星の魔女には鬱展開がある。これは放映当初からよく言われていた話でした。

何故そんな話が出てきたのかと言うと、脚本の大河内一楼さんが過去に描いた小説版第08MS小隊において、とんでもない鬱展開を描いてみせたからですね。

第08MS小隊には、キキ・ロジータという密林ゲリラの少女が出てきます。彼女は主人公シロー・アマダの人柄に想いを寄せる活発な女の子でした。アニメ版のキキはからくも生き残りましたが、同作小説版のキキは、非常にいんさんな死に方をしていました。

詳しくは──悲しすぎるので割愛します。

で、この小説版があったことから、同作を知るファンは、水星の魔女においてもとんでもない鬱展開があるのではないか?と予想しているのですね。

これはガンダムですから、確実に衝撃的な展開があるでしょう。

ですが逆に、安易な鬱展開はないとも思っています。

安易な鬱展開をしないガンダム?

そもそも、制作元のプロデューサーの話としては、同作は全世界における次世代の少年少女をターゲットにしており、「ガンダムは自分たちの作品ではない」と考えている若年世代の取り込みを、改めて意識したものになるといいます。

それは安易な鬱展開では達成できない目標です。

ちなみに物語における鬱展開というのは、下手なやり方でやると作劇上の悪手にもなります。単に驚かせるためだけに、ショッキングなシーンを挿入するというのは、非常に稚拙な物語描写なのです。

そして、脚本の大河内一楼さんが小説版第08MS小隊の鬱展開を描いたのは31歳です。クリエイターとしてはまだ若くイキっていた時代です。今は完全に円熟した脚本家ですから、安易な展開として鬱を選ぶことはないでしょう。

また、単なる鬱展開やグロ展開によって特大のヒットをした作品というのは存在しません。

え、進撃の巨人とかはどうかって?

あの作品における衝撃的な死やグロい描写は、鬱展開のようにみせかけて、鬱展開ではありません。進撃の巨人というのはドラマ上で意図を持った生死の描写をしている作品です。

それについて次に解説します。

シナリオ展開における意図を持った死

ここで「面白い物語」の条件について、ひとつ整理をしましょう。

一般的にシナリオメーカーの間で言われている「よい物語」とは「ドラマのある物語」のことです。

ドラマというのは、登場人物のアクションとリアクションによる心の変化を追いかけるものであり、物語は人物の変化をみせることで視聴者から多様な感動を引き出します。

そして死というのは、しばしば視聴者から感情を引き出すギミックとなるものですが、一方でドラマ的な死と、単にグロく陰惨な死というのは違うものになっています。

ドラマ的な死というのは、その死によって作品内に影響を与え、登場人物にアクションを引き出させる力をもったものになっています。

例えば、ガンダムのリュウやマチルダさんやミハルは、作中の人物が前に進むための力を与える死に方をしました。

リゼロのスバル君は、レムやエミリアの死によって前に進む覚悟を決めます。

進撃だと、エレンの母や、ヒストリアに対するユミル、リヴァイに対するエルヴィンやケニー、その他さまざまなところにあるせいと死の連動が、キャラクターを前に進めさせるきっかけとなっていました。

そういう、作劇進行上において意義ある死を作ることができる物語というのは、鬱展開のもう一つ上のステージを見せてくれる作品なのです。

対して、単なるグロいだけの死というのは、創り手の能力の無さを示すものです。

つまり水星の魔女においては──現状の制作意図とスタッフをみるに、単なる鬱展開などやるわけもないですし、安易な選択をしないと予想できるのです。

では、そこでは何が描かれるのか?

現時点で提示されているテーマから導いてみましょう。

水星の魔女におけるテーマと選択

水星の魔女のキーワードには、呪縛という言葉があると制作サイドが言明していますね。この呪縛とは、親世代や人類の過去におけるしがらみのことですよね。

そして、スレッタやミオリネ、あるいは幾人かの学園の登場人物は、しがらみを背負った母や父といった呪縛からの自立をめざしています。少なくとも一期のメインのテーマの一つは「親という呪縛からの脱却」ですよね。

スレッタは「進めば2つ」という自らの行動規範をもっています。

この進むというのは、選択をせまるものであり、同時にドラマ的な成長のターニングポイントを意味するものです。

で、シナリオメイキングで考えると、この「進めば2つ」というセリフが出てくるシーンで、かならず呪縛に対する究極の選択が行われると予想しています。

スレッタはのちに迫られることになるはずです。いずれ必ず「進みたいけど進みたくない」という状況がやってくるのです。

なんの選択を迫られるのか?

それは「進んだら誰かが死ぬ」という究極の選択です。

そしてドラマ的には、そこで彼女は前に進むために相手を殺す選択をするのです。これが水星の魔女における、予想しうる最上位の鬱展開です。

さらにいうと、その選択にかかわる展開は、現段階の設定から大きく2パターン導き出すことが出来ます。

愛した者を殺して前に進む物語

一つ目は、ベタなパターンです。

物語後半、世界は戦争めいたものに突入します。そのさい、スレッタとミオリネの元に学園の生徒らが集い、彼らは大人たちに反攻します。

このパターンでは、親という呪縛に対抗する形で、仮面をつけたシャア的なポジションにいる母親を殺さなければいけないという展開が、スレッタに襲うかもしれません。

仲間をとるか母をとるか?この究極の選択は、わりとありそうですよね。

しかし私は、ここでもう一つ踏み込んだエグい展開もあると思っています。

母殺しはあるでしょうが、個人的にはこっちが衝撃展開の本命です。

それは、せっかく学園で仲良くなった子どもたちが、もうすこし成長した後で大人の都合によって引き裂かれ地球組と宇宙組にわかれて戦争を起こすパターンです。こちらでは、また別の切り口の、究極の死の選択がスレッタに強いられそうですね。

え、戦争によって学園が分裂とか、そんな展開あるのって思いましたか?あくまで予想ですよ?

でも、過去のガンダムと、学園の宇宙組地球組のヒエラルキーをみていると、その展開もありそうなのですよ。

このパターンのなにがヤバいかって、事前の百合てぇてぇやハーレムや友人関係が、それらの前フリとしてエグい機能を果たすのです。

それはとんでもないですよ。鬱どころじゃない。そこで行われる死の選択というのは、かつて心を通わせ、仲良くなり、なんなら恋をした相手との殺し合いなのです。

でも、戦争ってそういうことなんですよね。さらにいうと、現在の世界情勢に対するアンサーを考えた時に、それをやることは、作品として意義があるとも思えます。

もちろん最後には、子どもたちは呪縛を振り払い、大人を諌めて手を取り合って融和する結末にたどり着くでしょうが、その過程で誰かが死にます。

というか、こっちのルートだとグエルがスレッタのために死ぬ想像しかできません。グエルは3話ですごいフラグを立ててしまいますしね。コーラサワー枠っていいますけど、アンディーにはどうみてもギャバン隊長にしか見えません。ほんと、そっち方面にならないことを願うばかりです。

まとめです。

水星の魔女は鬱展開があるでしょうけど、それは若かりし頃の脚本家がつくるような安易なグロい死の描写ではなく、もっと奥深い選択のドラマを伴うものになると予想されます。

それは母殺しか、或いは愛し愛された仲間殺しか?そこまでやるのか?その手前でやめておく作品になるのか?

いずれにせよ水星の魔女は、愛した相手の死を経て「進めば2つ」を得る物語になることは、間違いないと思われます。

覚悟して視聴したいところですね。

以上、水星の魔女における鬱展開のさらに上のお話でした。

動画版はこちら
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