安達としまむら感想〜イノセンスな百合作品は、濁ること無くアニメ化できるのか?

安達としまむら
©2019 入間人間/KADOKAWA/安達としまむら製作委員会

安達としまむら初回感想です。

原作はライトノベル。アニメ化したこちらはモノローグを中心にしたポエミー×かわいいを画面いっぱいに展開する表向きは百合系コンテンツ、だと思います。

コメディにふるでもなくシリアスにふるでもない。絵が可愛らしいことで、通常の?百合系作品よりもソフト──ただ、いちいちカメラアングルがあざといので、これ百合っていうより画面上の男子を排除したい視聴者のための、JK友情萌え作品であり、男子が妄想したい女子同士のキャッキャウフフ作品なのかしら?

ガチ百合はもっとドロっとしているので、そういうのは描かれない? リアルなLGBTにあまり忠実でない作品を私は疑似百合と勝手に呼んでいるんですが、それはそれで人気ジャンルです。疑似百合ならゆるゆりくらいコメディに走ってくれれば爽快感があるんですが、さて安達としまむらはどの線で行くのでしょうか? 原作の方はどうなってるんだろう? というか、本当にこんな作品なの? エロ目線の作画多すぎない? ひょっとしたら微妙に違うんじゃないのかしら?

©2019 入間人間/KADOKAWA/安達としまむら製作委員会
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それから一話感想としては、もうちょっとモノローグのテンポ良くてもよかったんじゃない?などと思っています。 そのほうが女子高生の生っぽい感じが出てリアルになると思う。

日本語のモノローグって本当に難しいと思うんです。声優さんも俳優さんも日本特有のTVドラマっぽいわかりやすい演技で話すので、どうもウソっぽくなるんですよね。海外の例えば映画作品とかのモノローグは思考のダダ漏れ感があるんですが(英語特有の雑さ)、日本語だとかしこまった朗読になってしまい、それがリアリティをどうも阻害するんですよね。それは作品をチープに見せる。

たとえば、シン・ゴジラは日本人特有のTVドラマめいた演技を嫌って、庵野秀明はめっちゃ早口にしゃべらせてリアリティを出してきましたよね。そういうスピード感というのは語り手のキャラがダイレクトに籠もるので、ある種のリアルさを担保してくれるんですよね。

そんなことから「もうちょっとモノローグがアップテンポな方がかっこいい作品になるのに」なんて思いました。

©2019 入間人間/KADOKAWA/安達としまむら製作委員会

さらに気になるのは、ポエム=モノローグの説得力です。作品がラノベ発の人気作ということなので、ようするに地の文が優れていないと人気にならないと思うんですよね。

俺ガイルの陰キャポエムは膝をうつ言葉のオンパレードでした(なにげに八幡は早口モノローグなのでそれも良き)。化物語はレトリックに優れていた。この作品は、JK視点なのでレトリックや陰キャポエムという話にはならないでしょうが──何がしかのハッとする視点というものが、どこかに宿る作品であろうと予想しています。映像だと「多くを語らず」ができちゃうんですけど、原作ポエミーなので、そのあたり絵とのバランスをどう処理するのかも気になるところですね。

あと、なにやら放映前に百合界隈(?)で炎上したらしいですね、これ。

理由は原作扉絵を真似て写真をとった声優がカメラ目線だったから、それがNGだったとかなんとか。百合は完結した世界なので、カメラ目線とかメタな視線とか送るのはご法度なんですって。ということはこれ、ひょっとしたら、ややあざとすぎる演出も原理主義者には鼻につくのかも知れませんね。こういうものの扱いは本当に、繊細だなって思います。

イノセントな作品は、汚物一滴垂らしたらぜんぶ飲めなくなるので、難しいところですよね。

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