僕の心のヤバいやつ〜なぜ人気? ラブコメの仕組みと、同作が推される理由についての雑感

僕の心のヤバいやつ

みんな大好き、僕ヤバが、TSUTAYAコミック大賞を受賞しましたね。

個人的に、出版社でもなく本屋小売業の連名でもなく、単なる1企業の主催でしかない同賞には企業IRとかSPとかそういう匂いをプンプン感じちゃってアレなんですが、それはそれとして僕ヤバが何かを受賞するのはよいことですね(前置き長い)。

今回は、僕ヤバについての解説をしつつ、同作品の人気の理由についての雑感。

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僕の心のヤバイやつ雑解説

作品についてざっと説明します。

僕ヤバは、目黒区洗足を舞台に、陰キャの中二病少年・市川京太郎と陽キャの美少女・山田杏奈の2人が織り成す恋模様を描いたラブコメディ。

あらすじとしては──初め主人公の市川は同級生の美少女山田を良く思っていなかったが、ある日、山田がイメージとは異なった言動をしていることを目撃する。その後、彼女の危なっかしい行動をフォローするうちに、次第に好意を抱くようになる。一方の山田も市川になにかと接触しているうちに、次第に興味をいだくようになり、二人の距離はやがて近づいて──というような、流れのラブコメディです。

主要な人物は、陰キャにして低身長の主人公の市川 京太郎そして、陽キャ天然マイペースの長身ヒロイン山田 杏奈です。

ヒロインはモデル美少女キャラはスクールカースト上位であり、背が高くそして天然マイペースという思い切った属性がふられています。対する主人公は低身長の陰キャです。こっちは本当に脆弱な陰キャとして描かれています。

物語においては、この「落差」を前提とした二人のコミュニケーションが「おかしみ」を誘うのです。基本的なベースにあるのは、この構造です。最近の似たようなギャップもので言うとホリミヤもそうですが──こっちはそれよりもパーソナルです。

さて、次に僕やばの面白さを詳しく解説するために、前提となるラブコメの構造について説明します。

ラブコメの構造について

ラブコメというのは基本的に「関係が成立したら終わり」という構造を持っています。なので物語展開としては──

  1. カップルになるべき主人公とヒロインの気持ちを設定する。
  2. カップルになれない理由を提示する。
  3. 二人にそれを克服させる努力を強いる。

ほぼこの3つで構成されています。これをひたすら繰り返す。

旧来のラブコメは、この文脈にのっとって、主人公とヒロインを配置し、事件をおこして二人の関係を邪魔する、すれ違っては近づく、という展開を強いることで物語を進めてきました。

これは僕ヤバも基本的には同じ構造です。

ただ、旧来のものと違うのは──そのすれ違いを徹底的なまでに二人のパーソナルな内側で発生させている、というところです。旧来のラブコメは、しばしば外部から邪魔が入って二人の関係が阻害されていました。

だいたい旧来のラブコメというのは、当たり前にサブヒロインは登場するは、許嫁は出てくるわ、主人公は記憶喪失するわで、意味不明な国家陰謀にまきこまれるわで、どんどんリアリティのない方向へと転がっていきます。

しかし僕ヤバは、そういう選択をしないラブコメづくりがなされています。

僕ヤバの凄いところ

僕やばの凄いところというのは、二人のすれ違いひたすら二人だけの些細なやりとりの中に発生するというところです。

市川は陰キャゆえのそのネガティブ思考でもって、山田の好意を勘違いして捕らえ、山田はその天然性でもって、市川と噛み合わない。このやりとりだけで話数を重ねている。ここが凄い。

(C)櫻井のりお/秋田書店

よく考えると、本来の恋愛というのはそういう「もどかしい」積み重ねなんですよね。恋はそこが楽しいっていう。そして作者はそんな「些細」をこれでもかと入れ込んできて、見るものを煩悶とさせるのです。よくネタがつきないな、と思っていました。

で、調べたところによると、これはどうやら市川からの視点に注力したことによって、維持されているっぽいんですよね。ネタの尽きない行動をする天然マイペースの山田を、市川が観察することで物語が維持されている。

(C)櫻井のりお/秋田書店

この視点は、旧来のラブコメにはなかったものですね。だいたい旧来のラブコメというのは俯瞰なので。そして山田の行動はいくらでも量産できるので、話が尽きないというのも理解できるものがあります。

物語自体や描写もいろいろと考察をさせる構造とかあって面白いんですけど、やっぱり作品というのは面白さの質をキープしつつ量産できないと尻窄まりになっちゃう。だから旧来ラブコメは謎事件に逃げるわけですが、僕ヤバは、そこを市川視点にすることで、安易な展開にすることなく、ネタを枯渇させることなく、描いている。

そこがクリエイティブ的には凄いし頭いいなって思います。

それだけではない強みも?

さて、私はもう一つ、この作品が承認される理由があると思っています。

旧来の価値観でいったら、男子の視点でひたすら女子を描いたってキモいだけだったと思うんですよね。その点でいうと市川は徹底的に紳士な訳ですけど、ここには今と昔の男子キャラの違いがあると思っています。

一昔前のキャラというのは、良くも悪くもオラついた強引なところがあったと思うんでけど、市川にはそういうオラつきや強引さというのが本当に薄い。

これは、シンプルに今の時代はオラつくこと&強引さ等にあまりメリットない時代になったから、だと思うんですよね。それよりも、観察し配慮し社会的に行動することが正しいんだと。陰キャであることはおいておいたといして、その市川の振る舞いは今っぽくて正しく感じる。

そしてヒロイン山田も特徴的です。彼女は、自身に言いよる「それなりの男子」をすべて退けています。数多の男子の中で市川に好感をよせ市川だけを見ようとしている。

旧来の価値観でいったら、市川が選ばれることはファンタジーです。市川を選ぶことは「そういうイレギュラーはあるかもしれないけど妥協だよね」と、かつて思われていた。その裏側にあるのは、かつて「それなりの男子」を選ぶという選択は、女子にとっての「生活をトレードオフにした従属のチョイス」だったりするんですが、これが今だとそうではない。

令和の今においては、オラついた男子を選ぶことは必ずしも幸せにはつながらないと理解されている。心がシンドいだけでメリットがない。なもんで、今の女子は、そうでない男子を選ぶし、立場的には男子とけっこう対等になってきています。最近は主人公と対等以上の強いヒロインがいろいろ登場しているのもそんな理由ですが、山田もそういう、女子が思うままに女性上位の振る舞いをするヒロイン系譜の一人なんですよね。

山田はべつに強くはないですが、だからといって弱い女子に身をやつして「それなりの男子」の下につくこともない。山田はその天然性でもって、ただシンプルに安らぎを与えてくれる市川を、他の誰に何を言われようが選ぼうとしている。

(C)櫻井のりお/秋田書店

僕ヤバというのは、物語やキャラ以上に、そういう振る舞いが承認されたのだと思っています。読者は、表層よりも深いところで、市川と山田のやり取りに好感を抱いていると思う。

これを生み出した作者の時代感覚も極めて令和的で、信頼出来るものだと思いますし、それらもろもろひっくるめて、見ていてストレスが無いし、楽しいんですよね。

以上が、ざっと思う僕ヤバの素晴らしさだと思っています。

という訳で引き続き、市川と山田の幸せなやり取りを見てニコニコしていきたいと思います。

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