アサルトリリィ感想〜百合要素だけに頼ると負けるんじゃ? 大丈夫か心配デス。

アサルトリリィ
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©AZONE INTERNATIONAL・acus/アサルトリリィプロジェクト

バトル系女のコモノで、面白いものとつまらないものを分ける、幾つかの条件が存在しますよね。

中でも決定的になるのは、ドラマ内における大目的が何であるのか? そして、それが本編の登場人物の過去と現在と未来の変化にどのように関わってくるのか、というあたりです。

代表的なバトル系を3つあげます。ガルパン、ストパン、ラブライブ。

え、ラブライブはバトルじゃないって? 広義にはあっちはスポ根ですが、ちょっと事例として使いたいので上げました。

さて、ガルパンですが、物語の大目的は明快です。学園閉鎖の危機をめぐって大洗学園は戦車道で勝つ必要があり、そのために一丸となってキャラが集まり戦うのです。これほど明快な動機づけはありません。それぞれがドラマを抱え、関係を持っていますが、それぞれはそれを大事にしたいので、全力を出します。成長をします。百合もします。あれのヒットは、細部が作り込まれている等ありますが、荒唐無稽な世界観を逆手にとって、明快な目的と達成をつみあげたわかりやすさにもあると思っています。ていうかガルパンってスポ根の典型ですよね。

次にストパンですが、こっちの敵はネウロイですね。人類が太刀打ちできない存在にストライクウィッチーズが、投入され、七面六臂の活躍をする訳ですが、こちらの大目的も明快です。そのウィッチの担当するネウロイの殲滅ですよね。物語はその範囲において、キャラクターを成長させ、関係させ、動かし、ドラマを作り出しています。

そしてラブライブですが、こちらの敵、というかミッションは仲間たちを集めてアイドルグループを作り、人気を得て活躍することです。こちらは群像サクセスストーリーとして描かれており、あるバラバラのキャラクターたちが、それぞれの小さなドラマを解決しつつ、統合し、大きな目的を達成するところに、カタルシスが有るわけです。バトルではありませんが、登場人物たちは大きな目的と戦っています。

これらは、すべて女のコの物語ですが、すべて大きな目的に対する小分けのドラマの達成の集合体で出来ています。かわいい+百合+大ドラマがあるからこそ、群像バトルモノは面白いんですよね。

さて、アサルトリリィですが──2話次点でどうも大目的が見えないんですよねー、これ。筋としてはストパン+学園モノですよね。そして、敵はヒュージという明快な奴がおるんです。ところが一話、二話は露骨な百合先行なんですよね。戦いのことを考えていなくて、入るなりパートナーの事ばかり考えている。

露骨なペア設定も注視点としては間違っている気がする。百合とかキャラクターの何がしかの関係性というのは、大目的の中にあって「匂わせ」ることで、初めて価値を生むもので、なんなら視聴者側にカップリングを任せたって良いわけです。キャラクターの関係性があって、やりとりをしているだけで、勝手に視聴者は楽しむので、そこわざわざ描く必要はないんですよね。

ところが、アサルトリリィは、ちょっと露骨ですよね。え、百合恋愛メインの学園モノなのだろうか、と思ってしまう。「やがて君になる」「シトラス」とか、そういうのなら分かるんですけど、ソッチ方面の作品にオマケでバトルがついているのだろうか? キャラも多すぎて混乱しますよね。5人くらいにチームを絞るべき。ペア設定自体は悪いもんではないんですが、それはむしろいいものではありますが。

とりあえず2話視聴して気になったのはその辺ですよね。

監督が放課後のプレアデスやっているじゃないですか? あれは、星を回収するという壮大なミッションとミステリがあって、その中にドラマが細かくしこまれていたので(相当よく出来ていた)、女のコ学園モノとして楽しめたのですが、今の所アサルトリリィはちょっとムズムズしています。

(C)GAINAX/放課後のプレアデス製作委員会

3話でそれがどうなるかによって物語は変わるんじゃないかな、と。

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