やっぱり気になる「俺ガイル完」紹介&俺の青春ラブコメは文学?

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。
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やっはろー♪

©渡 航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

というわけで「俺ガイル」こと「やはり俺の青春ラブコメは間違っている」の完結編がアニメとしてスタートしました。昨今めずらしい、剣も魔法も駄女神も、俺ツエーも巨人も暴れない、そんなにハーレムでもない、スタンダードなジャパニーズ学園モノにして、ラノベ系学園モノの新機軸の俺ガイルですが、とうとうエンドストーリーに突入です。

しかしこの作品の主人公、比企谷八幡は新たな男性主人公像を見事に作り出しましたよね。ネガティブなやりとり、立ち位置、陰キャな発言、強メンタルにやさしさ、裏表なく、母性を刺激して女子心を掴む、これらのキャラクター設定は、キョンなんかよりよっぽど男性キャラとして説得力があった。

系譜としては「俺様クール」なんですけどねそこに「陰キャ」をかけ合わせるとか、作者天才かよ、なんて思います。

さて、俺ガイルという作品は幾つか特徴があります。僕が注視するものは下記の通り。

  1. キャラが生々しく元気でかわいい
  2. 時折、考えさせる展開や言葉をぶっこんでくる

簡単にあらすじ交えて解説します。ダイジェストでまとめると──

俺ガイル〜雑あらすじ

主人公の陰キャ男子比企谷八幡は、ある日そのダメっぷりを先生に嘆かれ奉仕部に入部させられる。そこには、ダブルヒロインにあたる学園随一の美少女雪ノ下雪乃、可愛い系女子の由比ヶ浜結衣等がおり、彼女たちとともに学園内の問題解決を試みることになる。雪ノ下やや由比ヶ浜は、女子らしいスタンダードな問題解決を試みるも失敗する、すると陰キャの八幡が陰キャなりの斜め下の問題解決をして、時に非難をあびつつも次第に内外からの信任を得ることになる。物語はそれぞれ主要キャラ抱える青春の悩みへと立ち向かう。

──なんて具合の青春群像劇です。

キャラが元気で生々しくてかわいい

そんな、この作品の一番の魅力は、キャラクターの可愛らしさと生々しさですよね。とにかく、男女ともに、全てのキャラクターが魅力的。主人公ヒロインはもとより、その周辺のモブに至るまで、よく考えて作り込まれている。

©渡 航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

キャラっていうのは性格だけじゃなくて、関係性も大事なんですけど、誰それのときはAという態度で誰のときはBという態度という(ようするに比企谷には当たりがつよくてイケメンにはそうじゃないキャラがたくさんいる)、そういう彼らの関係性に対する振る舞いが、他愛もない青春群像劇を本当に特別なものに変えている。

時折考えさせる展開をぶっこんでくる

そして次に気づくのは、その学園生活における悲喜こもごもを今どきめずらしいくらいリアリティをもって物語にとりこんでいること。生徒会でリーダーを狙う女子の思惑、好きな人と思われる人の人間関係、兄と妹、姉と妹、嫌な奴、いいヤツ。

スタンダードな学園モノだったりすると、ジャンプみたいに十把一絡で雑にまとめられて、殴り合って夕日に向かって走って終わるんですけど、そこはモノローグを担当するのが比企谷八幡というリア充死すべしの陰キャです。彼には世界はそのように見えていません。比企谷八幡から見た世界は、欺瞞と虚飾と、隠しきれない剥き出しの心が漂う、かなり現実に近い世界なんです。

©渡 航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

しかしまあ、それをそのままやってしまうと純文学になってしまうので──これをキャラクターとの軽妙なやり取りをまじえることでラノベにしてしまったのは、作者の天才的なまでのバランス感覚だよなあ、なんて思います。

そんな描写の中には、時折「考えさせる展開や言葉」が散りばめられており、コメディとのギャップもあって、見るものにとても印象的なのです。

ま、堅苦しことをいいましたけど、いろはすはあざとかわいいって事ですね。

そして始まる「俺ガイル完」その印象はまだ様子見ですが・・・

さて、「俺ガイル完」始まりました。一期二期と展開してゆくなかで、どうやらヒロイン雪ノ下雪乃は問題を抱えていること、それを解決することが一つのミッションであるらしいことがわかってきました。そして、一期二期の展開に慣れたからなのか──どうも八幡ベースのモノローグや会話のやり取りが増えていて、ちょっとテンポがわるいかも、などとは感じます。

ラノベ系でシリアスシーンが来ると、間持ちさせるにはSEなりBGMなり会話なりが必要で、展開がゆっくりになってペースが落ちちゃうんですけど、1話目からちょっとそのあたりはきになるところでした。ようするに──小説を物語にちゃんとするのって、難しいんだなあ、という印象。

それでも、待ちに待った作品であるから、今後に期待し、視聴完走することは確定しているんですけどね。

個別の感想は別ですることを予定しているので今回は割愛。ここで、軽く論じたいのは表題にある「俺ガイルは文学たりえるか」という話。

俺ガイルは文学たりえるか?

僕に言われるまでもなく、世の中において、ラノベは文学だとかそうでないとか散々言われてきました。そしてその論調は今もどこかしらでくすぶっています。

僕が思うのは──文学の役割というのは「その時代時代において、言葉にしきれていない、人々の感情なり事象なりを言語化する」という役割が第一だとおもっているんですけど、そういう意味でいうと「俺ガイル」は十代後半の青春を確かに文学として表現していると思います。

ただ、文学というのは、面倒くさいことに、脈々と受け継がれる文脈の継続というのが、評価の軸として、一つあると思うんですけど、その点でいうと「俺ガイル」は純文学よりもエンタメをベースにしており、更にその前の文学作品群からは明らかに断絶している。ラノベであるがゆえに。

©渡 航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

太宰や夏目漱石、川端康成とか森鴎外とか、まあ谷崎とかでもいいんですけど、そういう人たちがかつて扱った「青春」という題材を、一旦リセットしてゼロからまた始めてしまっているんですね。そこが、ラノベであるがゆえに文学と認めない、なんて言い出す人たちが出てくる大きな要因でもあるかと思います。

でも、他方一般人が、太宰や谷崎とかを読んでいるかっていうと、まあ読まないですよね。ラノベ読む人は。でも断絶していようが、面白ければ機能するし、文学の役割を考えたときに「俺ガイル」は、その時々の時代の空気感と考え方を反映しようと試みている。だからこその評価だと思うんですよね。(※『このライトノベルがすごい!』(宝島社)2014年、2015年、2016年と3年連続で作品部門1位、 殿堂入りとなる。)

もちろん、ラノベであるがゆえに抱える問題点はあると思うんですけど、たとえば「化物語」や「マルドゥクスクランブル」が、作品として遥かに文章や構成が優れていても「時代を映していない」が故に、微妙に文学たりえていない事に対して「俺ガイル」は、やっぱり文学してると思うんですよ。

そういう点で非常に稀有な作品じゃないかな、と。

作者の次作にも期待しちゃう

さらに僕が期待するのは、作者の次回作ですよね。これが完結した時に、たぶん八幡がそうであるように、作者はまだ本物に手が届いていないと思うんですよ。本物本物行っているってことは、たぶんクリエイターとしてチャレンジしてくるでしょうから、次回作がとっても楽しみだったりします。

稀有な価値をもつ「俺ガイル」。Amazon PRIMEで視聴できます。あと文庫もあります。是非、手にとって見てくださいね。

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