呪術廻戦のカップリングに見る作者の友愛コンプレックスについて

呪術廻戦
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(C)芥見下々/集英社

呪術廻戦面白いですね。

呪術廻戦の面白さには、無数のキャラクターが出演することにあると思います。この群像傾向は、昨今の漫画ではめずらしいものではありませんが、こと呪術廻戦については、読み解いていくにつれ、どうも他の作品とは明確に違う、原作者の嗜好が混じっている気がするんですよね。

ていうか、芥見下々先生って学生バディ物好きでしょ? (注:バディ物とは2人組を最小単位として進むコンビ物語のこと)そして、僕はこの呪術廻戦においては、基本的に作中の人間関係のすべてが、男女に限らず、バディ物ベースに作られていると感じているんですよね。

第一話からしてそうです。常に1対1の関係があります。それも3〜4つも。

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初回から濃厚なカップリング祭り

(C)芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

まず、虎杖は伏黒と邂逅する、虎杖×伏黒。すべての物語の発端となる組み合わせがコレです。次に虎杖は宿儺を取り込み、宿儺と相対する。虎杖×宿儺。さらに、取り込んだ宿儺と伏黒が相対する伏黒×宿儺。そして、フラリとやってきた五条悟がそれぞれ伏黒と宿儺の相手をすることで生まれた師弟関係を示す五条×伏黒、因縁めいた敵対関係を生じさせる五乗×宿儺。そもそも虎杖が宿儺の指を飲み込んだのは、じいちゃんのせいですよね。ここにも組み合わせが一つ。虎杖×じいちゃん。なお番外では、虎杖のオカルト部の男女のカップルも(名前忘れた)。

まあでも、ココまではね、そういうこともあるかな〜、と思っていたんですよ。ただ他の記事にも書きましたが、冒頭からヒロイン等の女性キャラではなくて伏黒を出してくるあたり、ちょっと特殊な入り方だな〜、とは思っていました。いや厳密にはオカルト部の女子は出てるんですけど、あっちはモブ臭がすごかった。

そして、話数を進めて行くにつれて、どうも人数を絡めた展開よりも基本的には1対1という関係に落ちることに気づき始める。たとえばジョジョだったら敵対しているときに外野が騒ぐんですよ。スピードワゴンが解説するんですよ。ワンピならナミやウソップが、ハンタならクラピカあたりが、1対1で濃厚な格闘をしているその外で解説している。かならず作品には客観性が置かれているんですよ。ですが呪術廻戦では、外野はなく、キャラクターたちは二人きりになったら、互いをじっくりと見つめ合い語り合う事が多い。そこにはライバルとも友達とも付かない関係が必ず生じていて、あれ、原作者って、そういうところにコンプレックスあるんじゃないの? なんて僕は思い始めていたのです。

そしてそれが決定的になったのが、京都校との交流戦ですよね。

東堂葵と虎杖悠仁のバトルで性癖をカムアウトする原作者

「地元じゃ負け知らず」

あー、原作者の芥見下々先生って、友愛コンプレックス持ちですよね。すべてのパズルが合致した瞬間がそこにありました。

釘崎野薔薇と虎杖悠仁は友愛はするんですけど、恋愛には至らない。原作者は、学生時代に男子が陥る「女子より男子的なものといるほうが楽しい」を地でゆくメンタルの持ち主でした。

(C)芥見下々/集英社

他のところにも書きましたが、やっぱ芥見下々先生って、恋愛モノとか女子のアレな感じとか、甘い感じとか、キュンとか、そういうの恥ずかしいのか硬派なのかわかりませんが、多分苦手ですよね。萌えとか、かわいいとか、わかるけど絶対に「は? なにそれクソじゃん?」「はいはい、かわいーかわいー」とか濁すタイプですよね。間違っても「フヒヒww拙者も野薔薇ちゃんに、釘打ちされたいでごゴザルwww」とか言わないタイプです。というかそういうキャラクター出てきたら、速攻に呪霊に呪われて脳圧上昇して死亡する流れなのが、呪術廻戦ですよね。中途半端に不快な存在はゴミクズ扱いですから。

芥見下々先生は、昨今流行りのモエモエキュンの反動を持っていて、そして呪術廻戦では、よくあるヤンキースクールバディものをベースに、敵も味方も男も女も、すべてをバディモノの関係として描いている。僕にはそう見える。

徹底してカップルが生み出される群像劇

そういうふうに見ていくと、呪術廻戦というのは、かなり特殊なキャラクターの関係性づくりがされている。もうそこら中、組み合わせだらけです。

たとえばメジャーなものは以下のとおり(男女両方書くよ?)

虎杖と伏黒

伏黒と宿儺

虎杖と釘崎

乙骨と狗巻

乙骨と真希

伏黒と姉

伏黒とパパ

七海と虎杖

五条と夏

伊地知と虎杖

伊地知と五条

etc….

重要な点は、恋愛ではなく友愛だってこと。敵も味方もぽんやり心を通わせる。徹底して「その関係は地元じゃ負け知らず」を地でゆく。しかも、三角関係めいたものが殆どないのが面白い。三角関係っぽい可能性があるものって、虎杖と伏黒と宿儺、虎杖と伏黒と釘崎くらいなんだけど、それだって明確ではなく、話がすすむとすぐ2人組になって行動する。三人があつまって痴話喧嘩する構図ってめったに存在しないんですよね。すげぇ、本当に芥見先生1対1の関係のもの好きなんだね。

大量のカップルが生まれる作品の功罪

この徹底したカップリング構成というのは、今の所作品に対して強烈にプラス方向に働いていると思っています。バディものというのは、とってもお話がわかりやすくなるんですよね。

(C)芥見下々/集英社

群像劇において難しいのは複数人間が絡んだ時のキャラクターと会話の出入りです。それを一対一として描くことで、シンプルに出来る。もちろんスピードワゴン的な解説者を外に置くことで話をわかりやすくすることもできますが、芥見先生ってそういうのナシでやっても全然話が伝わるんですよね。ようするにバディのそれぞれが互いを解説しあうことで、スピードワゴンを必要としない状況にしているということなんでしょうね。

一方でマイナスポイントは──1対1で相対する割には「恋愛要素が無い」くらいですよね。ただまあ、別にいらないっちゃいらないですよね、呪術廻戦には。また、キャラクター横断的なミステリとか謎解き要素みたいなものはできませんが、それもまあ求められていないので、特に問題ない。

というか、この構造のまま、引き続き「無限にカップルを生み出してくれ」とすら思っています、僕は。

濃厚な群像劇は昨今のトレンド?

ゲーム・オブ・スローンズとかも見ていて思うんですけど、やっぱりいま群像劇って人気なんですよね。ワンピもそうですし、なんならソシャゲのFGOもキャラクター群像劇ですよね。一方、一昔前のドラゴンボールとかは群像劇ではなかった。明確にキャラクターの描写にヒエラルキーがあった。

群像劇の醍醐味というのは、勝手に視聴者がキャラクターを組み合わせて物語をつくってしまえることです。古くは、たとえばトランスフォーマーとかもそうかもしれません。子供は群像玩具アニメで、本編とは関係のない組み合わせで一人遊びをしていました。銀英伝とかもそうですね。ただあれは、作品自体が群像である必要があったものですけどね。

今だと、無意識的に多方面のフォローするという意味合いで、群像劇が選ばれているような気がしています。とくにその傾向は小説よりコミックのほうが多いですよね。鬼滅ですらそうですし。キャラ群像モノというのは、昨今の多面的な価値観が好まれる時代にあって、とっても重用される作品スタイルなんだと思います。

呪術廻戦の群像は何処へ向かう?

ココまで来ると、もうこけようがないですよね鬼滅って。

ヒットの要因としては盤石です。まずそのバディモノがヤンキーモノの系譜であったことでB層へのリーチに成功した。さらに、女子を強くしたことで、男女の古い価値観に基づいた恋愛ではなく、友愛という絶妙な距離感を生み出した。恋における負けキャラを生み出さないまま、キャラクター群像劇を進めることになった。さらに、それぞれのキャラクターが、あっさり死ぬことも多いにもかかわらず、レギュラーキャラクターばりに掘り下げられている。関係ないですけど、最近思っているのは呪術廻戦の全ての登場人物は、全員主人公になれるんじゃないかと感じています。※この話はまた別のどこかで。

そういう魅力的なキャラクター郡が、それぞれの場所で生み出す関係性は、本編の呪術とか設定以上に、とっても濃密で楽しいものなんですよね。つまりは、この作品の醍醐味はすべて一対一の関係に詰まっている。そこが面白いんであって、あとの設定や展開は些末なオマケであり賑やかしであるとすら思っている。

ただ、翻って考えてみれば、ドラマというのは関係のズレでありそのジレンマなので、当たり前といえば当たり前なんですよね。

(C)芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

まあ、そんなこんなで、芥見下々先生が繰り出す濃厚なキャラクター、そして関係性──引き続き、楽しみたいなって思います。というか先生自分の性癖自覚してんのかなー? 「男の子的スクールバディものラブ」(ワタシ的に、友愛コンプレックスと名付けている)という性癖。

業界の人、これ読んでたら、だれかそのうち先生に聞いて?

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