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異世界モノで、ヒットするものとそうでないものの「シンプルな違い」とは?

創作・仕事
© 2005-2020 STUDIO GHIBLI Inc.

昨今、異世界モノブームは冷めやらず、猫も杓子も異世界に飛ばされていますね(いや、猫と杓子は転生しないけどさ)。或いは、はじめっから異世界やファンタジーやSF世界として描かれた物語は、あいも変わらず数多溢れています。

今、異世界の何太郎のブームが来ているのか、あるいはこれから何太郎のブームが来るのかはわかりませんが──同じ世界観や同じストーリ展開、似たような設定でも、ヒットするものとそうでないものがありますよね。

そんなに違わないのに、なぜあっちは売れたのに、こっちは人気がでなかったのか?

・ストーリーが悪かった?
・キャラが悪かった?
・世界観が雑だった?
・アニメ化したら質が低かった?
・作者がネタ切れした?

まあ、色々あると思うんですけど、こと異世界転生モノやファンタジーモノについては、人気作とそうでないものを分けるのはある1点に集約すると思っています。

それは──

「その世界に行って活躍してみたいと思うかどうか?」

です。

極楽浄土信仰としての異世界

ここで異世界モノブームについて、昨今よく言われているごく一般的な解説を引っ張り出したいと思います。

異世界モノとは、現実世界が辛いのでその逃避先を妄想したいと考えている病める現代人のための極楽浄土絵巻である、というヤツですね。

この定義自体は、ほんとうに身も蓋もないと思うんですが、同時にまあ○○教でも○○原理主義者もよく言っている通り、極楽浄土という餌はド定番です。この手の妄想が、いかに中毒性があり魅力的かということは、世界史やら宗教史をみればそこかしこで確認できます。

極楽図 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%B5%E6%A5%BD

そして、日本においては、そういう機能をかつてはたしていた仏教から、アレな部分だけが元禄時代あたりからサブカル方面にひっこぬかれで、現代の極楽浄土信仰として機能している、と。

であるならば、異世界転生モノに求められるアリやナシやの判断基準は唯一つに集約することもできる、ということもよくわかりますよね。すなわちその極楽浄土にあなたは行って活躍してみたいですか? と。

架空世界とキャラの活躍に求められる魅力

では、それらの願望を踏まえて、改めて現代のヒット作を思い返してみましょう。ベタなところから行きますよ。SAOのデスゲーム。デスゲームなんだから極楽じゃないじゃん? なんて思うかも知れません。違うんです、ソードアート・オンラインに閉じ込められてキリト君になって俺ツエーするまでが、セットな訳ですね。だから行ってみたいしなってみたいんです。あの世界でキリトであることが極楽なんです。オーバーロードはどうでしょう?あれはモモンガ様になって、神視点で登場人物に気遣いをしつつ一喜一憂するまでが願望のセットなんです。このすばであれば、駄女神とロリっ子とララティーナ様たちと素晴らしくもアホな日々を送りたいと思うわけです。リゼロも死に戻りできてレムやエミリアや魔女たちとキャッキャウフフできるなら良いでしょう。或いはワンピならゴムゴムしたいし、ハンタなら念を使いこなして活躍したいし、鬼滅なら壱ノ型・霹靂一閃したい訳ですよ、その世界で。まあ、このあたりはベタなんでわかりやすいと思うんですよね。

©吾峠呼世晴/集英社
©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

ちょっと分かりづらいところを行ってみましょうか。異世界ではありませんが。ガルパンはどうでしょう? あの女子高生と特殊なカーボンに守られたケレン味ある機動をする戦車が活躍する世界──行ってみたいと思いますか? 思いますよねえ、男子なら。ていうか、ナチュラルに大洗行くしさ。

© GIRLS und PANZER Finale Projekt © GIRLS und PANZER Film Projekt © GIRLS und PANZER Projekt

では同じ監督で同じ脚本家の荒野のコトブキ飛行隊はどうか? さすがの水島努監督と横手美智子先生の作品ですからよく出来ているんですよ? でも行ってみたいかというと──あれ? そんなに心惹かれない。女の子こそ同じ様に出ていますが、殺伐としていて埃っぽい、そしてスカートが翻るわけでもない世界にどうもあんまり食指は動かない(少なくとも私は)。では、最近だと、デカダンスとかどうですか? Game世代に向けているわりには良くわからない世界なんで、こっちもちょっと考えてしまう(ちなみに、デカダンスについては世代によって反応が違うかもと思っている)。ジブリ作品はどうでしょう? すごい!私はどれも行ってみたいと思える。モノによっては、あんなにも殺伐とした世界なのに!!

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この「行って活躍してみたいと思うかどうか」という基準は、単純で直感的で、非常にわかりやすいと思うんですよね。

作り手が持つべき「魅力」に対する「客観性」

作品を作る時に、ヒットさせる為には独りよがりにならずに、客観性を持って〜とか、視聴者のことを考えて〜とかよく言われていると思うんですけど、微妙に判断のポイントがわからないですよね。考慮すべき点が多岐に渡るので。

ストーリー?世界観?キャラクター?デザイン?設定?登場するガジェット?敵キャラ?或いは視聴対象となるターゲットの体験にリーチする餌を撒く?どれも大事なんですけど、個別にやれば結果がついてくるかといえば、そうでもない。やっぱり良い作品というのは、トータルで「その世界に行ってみたい」「同じ様に活躍してみたい」と思う魅力に帰結している。

そう考えると、たとえばアニメの3話時点でその世界に魅力を感じない作品というのは、やっぱり、いかに話がよく出来ていても、キャラが可愛くても、その架空世界の構築に失敗していると思うんですよね。

その基準は現代劇にも当てはまる。例えば百合百合した現代作品だって、良いものは「キャラクターの間に挟まっていたい」と思えるほど魅力的だし(病気じゃないよ、間違いなくこういう衝動抱いているでしょ!)、リアル作品でいえばドラマの半沢直樹だって、当事者は嫌だけど側で半沢と大和田部長の演技を観たいと思える(あれは現代版の時代劇であり歌舞伎よね)。舞台のソデで演技を見たくなる。

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作り手が、そういう魅力に対する客観性をもてるかどうかという事が、やっぱり大事な時代なんだろうなって思える。

大事なのは、所謂プロデューサーや編集者的視点ですよね。そして抑えるべきは「シンプルに「魅力」を抱ける作品かどうか」ですよね。それはシンプルであればシンプルなほどいい。その魅力を説明するために、エクスキューズがつけばつくほど、その作品は、今だと問題あるってことになってしまう。

注意しなければならないのは、シンプルにもベクトルがあるってことですよね。最近だと異世界転生モノは、ネタに走ったものも多いですよね。所謂、○○太郎です。あれは切り口の興味で「つかみ」は出来ているけど「継続」がないですよね。つまり、行ってみたいと思える世界の魅力にまで、なかなか昇華されていない。ス○ホもってずっと異世界ウロウロとか嫌じゃない? それだけだとやっぱり限界があるんですよ、世界の魅力構築に。異世界モノについては、シンプルなキャッチと同時に、ある種の奥深さ(キャラなのか、設定なのか、世界なのか、ストーリーなのか)が必要なのはそういう事でもあるとおもうんですよね。

ま、諸々ひっくるめて、その「シンプルに魅力的である」というのを積み上げて構築するのが大変なんですけどね。世界×キャラ×お話。これらのハーモニーを作り出すことのなんと困難なことか。

「言うは易し」ではありますが、いずれにせよ、あなたがもし作り手志望なら基準として

「その世界に行って活躍してみたいと思わせられるかどうか?」

一つ、持っておくことはオススメできますよ。

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