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呪術廻戦の伏黒恵は、僕らのカッコイイを一身に受けて立つ特別なキャラの一人だってことを力説する

呪術廻戦
(C)芥見下々/集英社

呪術廻戦おもしろいね!(挨拶)

さて、今回は以前の伏黒恵考察の追加版です。

そのクールな振る舞いと式神ワンコが魅力的なキャラクター伏黒恵くん。虎杖や釘崎と同じく、彼はとっても特徴的なキャラクターであるという話は以前伝えたとおりですが、今回はそれに加えて彼の存在感を左右している行動動機と、なぜそんな動機になっているのか? それはどんな意味があるのか? という事について、すこし掘り下げて論じてみたいと思います。

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キャラクターは目的があって行動する

物語において人物が行動する為には「ソイツは何を求めているのか?」という点が明快である必要があります。

何がしたいのか分かっていないのに、キャラは動かないですからね。

たとえば、ワンピだと、ルフィは海賊王に俺はなる、と言明していますね。ハンタのゴンの行動動機は、カイトへの憧れと父親探しですよね。この2つは良くいえば少年誌的で健全なモチベーションです。非常に明快でわかりやすい。そして少年ぽい。ただ一方で悪く言えば、子供だましとも言える。

対して、呪術廻戦の伏黒恵の行動動機は──

「少しでも多くの善人が平等を享受できる様に 俺は不平等に人を助ける」

となっています。その発端は身内の事件に関連した極めて個人的なことですが、そこから転じて恵は自身の能力を世の役にたてるんだというモチベーションを紡ぎ出している。虎杖がまだ漠然と「助けたい」という意識に基づいて行動している事に対して、呪術のパイセンたる伏黒恵は、その動機がより具体的です。

(C)芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

ちなみに旧来の少年誌のレギュラーメンバーって、その多くが個人的な理由のままであることが多い。そこから変化しない。或いは巻き込まれる形で、なしくずし的に問題解決に望むパターンが多かったと思うんですよ。

けれど、呪術廻戦の多くのキャラクターは違うんですよね。どのキャラクターもより完成された目的意識を持っている。主要な登場人物である伏黒は明確に「自身の能力を世に役立てる」となっています。それを提示した上で物語を進んでいる。

虎杖の記事や、芥見下々先生の記事でも書きましたけど、これって結構画期的なことだと思うんですよね。これがあるから呪術廻戦は強度のある深い物語になっているし、また伏黒恵も、流川楓みたいな人格ひねくれた、何考えてるかよくわからないクールキャラじゃなくて等身大で魅力的に映るんだと思うんです。

旧来作品と呪術廻戦の違い

そして旧来の少年向け作品だと、そういう社会貢献意識=大人めいた行動動機って、物語的には「あがり」のパートでようやく出てくるものだと思うんですよ。基本的には、意味不明に事件に巻き込まれて物語が始まって、そこにたどり着くまでに紆余曲折あって、んで覚醒して大人びた意識をもつようになる。

ちょっと脱線しますけど、機動戦士ガンダムについて、作者の富野由悠季が物語作成時に意識したことが1つあると言います。それは「少年が大人になる物語である」ということ。そして、大人になるためには物語上で「取り返しのつかないミス」をやらかす必要があると言っていました。

つまりは、劇中の後半の物語の佳境におけるララァという少女の死でアムロは大人になっている。これは、結構他の物語にも当てはまります。例えば、グレンラガンのシモンは、カミナの兄貴の死を経て大人になっていたりね。

(C)GAINAX・中島かずき/アニプレックス・KDE-J・テレビ東京・電通

ところが呪術廻戦は、どいつもこいつもいきなり「取り返しのつかない事」を経験した後であることが多いんですよね。伏黒は姉や家族についてやらかした後です。虎杖はじいちゃんの死と両面宿儺の取り込みをした後です。そうやって、覚悟を決めた後の物語なんです。

これは、少年誌の主要キャラクターとしてはとっても面白いことなんじゃないかと思うのです。

なぜそんな事になっているのか?

このあたりもやっぱり時代の影響の結果だと思うんですよね。すなわち、情報化が進んだ結果、若くして成功する若年層が増え(You Tubeもそうだしスポーツや文化方面でもそう)、それを見た若い世代が、少年誌的な夢物語よりも、リアルで筋の通った、ともすればやや早熟ともいえるような、動機や有り様を求め始めたんじゃないか、と。

一昔前に「意識高い系」って流行ったじゃないですか? あれは当時一過性でしたが、今はそうではなくて、効率化が求められた結果、より知識なりメンターなりの整理整頓が進んだと思うんです。そして、本当に「意識高いありかた」にたどり着く人や方法というのが明確化された。一昔前は、なかなかそこにたどり着けなくて、モラトリアムだなんて言われていたんですよ。もちろんそういう層もいないわけじゃないですが、今は探せば方法と仲間が手に入り、行動できてしまう時代です。

そして、その結果として、呪術廻戦における伏黒恵や虎杖悠二は始めっから意識が高いんじゃないかと思うんです。

まあそもそも作者の芥見下々先生が、早熟にして意識高いを再現した人だと思うんですよね。そのメンタルが反映された結果が呪術廻戦の主要なキャラクターであり伏黒恵であると。

そんな新時代のキャラクターは世に何を与えるのか?

さて、そんな意識高いを体現した伏黒恵という存在は、劇中で、また世にどんなものを生み出し影響を与えるのか?

一つは、やっぱりそこで生まれるのは価値観のシフトであり、新しい時代の「おもしろい」ですよね。いままで、大人になることが「アガリ」だったのが、いきなり大人としてスタートする。いきなりクライマックみたいなものです。しかし彼らは、意識だけが高くても初期は失敗し、ミスし、仲間を失い、苦しみ悲しむ訳ですよ。そこに新時代の面白いが隠れている。その結果としての呪術廻戦というおもしろ物語ですしね。

そしてもう一つ──伏黒恵が内包するメッセージが世に影響を与えます。

僕、伏黒恵のいう「少しでも多くの善人が平等を享受できる様に、俺は不平等に人を助ける」という言葉って、本当に今の世にバチッとハマると思っているんですよね。

それって、ワガママにただ目の前にある人達に対して善意を行使し、貢献するってことでしょう?

今までだと、少年誌の主人公って世界を救うとか、正義を行使するとか、漠然として巨大な、共感しずらい目的を抱いていたと思うんです。海賊王になる、とかね。でも伏黒恵は、等身大なんです。正義を行使したいけど、そんな願望は矛盾を孕むし限界があるから、手の届くみじかなとこで頑張る!って言ってるわけですよ。

そして実際彼はそのとおりに動く。そうして呪いに立ち向かう。その姿は僕らに重なるんですよね。もっというと今の世に重なる。

だってさ「呪術廻戦」における「呪い」って、人類に襲いかかる疫病や病理も表している訳でしょう?それってコロナも含むわけですよね。だから、同じようにいろいろとしんどいものが迫りくる時代にあって、伏黒恵が等身大に奮闘する姿は、単なる少年誌向けのアクションマンガ以上に、相互に影響しあう物だと想うのです。

要するに、その時代において等身大に頑張っている僕らの「正しいあり方の姿の一人」が伏黒恵ってことです。これって結構素晴らしいことだよなと、僕はぼんやり思っています。五条悟は夢物語でも、伏黒恵は頑張れば届くかもよ?と。そして僕らはカッコイイを目指すのです。

(C)芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会
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