甘露寺蜜璃という鬼滅三期で物議を醸しそうなキャラクターの存在考察

鬼滅の刃
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久々の更新は、鬼滅の刃からです。

鬼滅の刃の三期が決まりました。一期に続いて二期もなんだかんだ評判よく終わり、三期も大いに期待が高まります。同時に、二期において遊廓というロケーションが一部繊細な視聴者によって物議を醸したように、三期についても、誰かが一言物申してきそうな事柄が一つ思い浮かびます。

ええ、そうです。

鬼滅の刃の恋柱、甘露寺蜜璃です。

ちょっと前にも似た話を書いたんですが、今回はそんな甘露寺蜜璃というキャラクターの「存在意義」について考察してみたいと思います。

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キャラクターのおさらい

まず、甘露寺蜜璃というキャラクターについておさらいしましょう。

多くのファンの方々がご存知の通り、甘露寺蜜璃は、鬼滅の刃における鬼殺隊の柱の一人である女性キャラクターですね。

階級は柱で分類は恋柱、誕生日は6月1日、年齢19歳、身長167cmで体重は56kg、出身地は東京の現麻布だそうです。ちなみに東京都は、その昔東京府と呼ばれていたそうな。趣味は料理で、メンコは負け知らず。好きな食べ物は桜餅。

そして何よりも特徴的なのは、その外見。

ピンク色の髪の毛と、主張の強い胸元を顕にしたファッション。鬼滅の刃において、鬼や他の鬼殺隊のキャラクターもかなり突飛な外見をしていますが、それらに負けることのない、魅力的なキャラデザインをしていますね。

さらに、キャラクターもそれに合わせるかのように、天真爛漫で自由な尾根山です。癖のあるキャラクターの多い鬼殺隊の中で、眩しいほどの素直さと善意を滲み出しています。

登場時はその奇抜なキャラデザインが話題になりました。

甘露寺蜜璃の出自や能力、関係性

さて、甘露寺蜜璃というキャラクターを考察するにあたって、もう少し解説を続けましょう。

まず彼女はそれなりの家柄に生まれ女性でした。年頃になった甘露寺蜜璃は、お嫁さんになるために、何度も縁談をしては断られていた過去がありました。それもあって、自分の存在についての自信を失っていました。しかし、彼女には類い稀なる身体能力があったことから、鬼殺隊にスカウトされ、恋柱として居場所を見出して今に至る、と言った状況にあります。

彼女は常人の八倍の筋繊維の密度があるらしく、そのせいで、彼女は身体能力だけでなく力がとても強いのです。戦いの際には、そのすぐれた身体能力と、彼女専用のしなる日輪刀を利用した、剛柔一体の新体操のような剣術スタイルを使います。

そんな猛者である甘露寺蜜璃ですが、一方で性格は、常日頃から素敵な殿方を求めるときめき系乙女剣士です。大変惚れっぽいく、結婚願望が強い女子で、初登場時から他者の一挙手一投足に反応してときめいていました。また、その対象は男性だけでな同性にも向けられます。

物議を醸すキャラクター?

以上のとおり、非常にわかりやすい造形の甘露寺蜜璃ですが──その魅力的なキャラクターであるが故に、一つの懸念が思い起こされますよね。

彼女の外見スタイルや、恋愛至上主義というキャラ設定は、一部理解のない人達の界隈で物議を醸すのではないか?と。

そもそも、刀鍛冶の里編の冒頭において、冒頭には明らかに彼女の役割を意図した温泉シーンがあり、これも何かと注文がつきそうです。

それ以外にも、例えば結婚や恋ばかり考えている女性はキャラデザインとしてどうなのか?とか、甘露寺蜜璃の行き過ぎた天真爛漫さは、男性にとっての都合の良さを表しているのでは無いかとか、色々と意見が出てきそうです。

僕的には、けしからんことを考えている人こそけしからんという話でしか無いと思うのですが、一方で、シンボリックにキャラクター化してしまっているが故に、ツッコミ所の多いキャラクターであることも、事実だと思います。

極論としては、甘露寺蜜璃なんてキャラクター出さない方がよかったんじゃないの?とかね。

でもちょっと考えてほしいのです。

鬼滅の刃の掲載誌は少年誌であるから、多少なりとも男子を意識したキャラクターは当然とも言えます。しかし一方で、鬼滅は女性ファンも多い作品であり、何よりも、作者は女性です。

鬼滅の刃の作者、吾峠呼世晴先生は、果たして甘露寺蜜璃を、ただ消費されるキャラクターとしてのためだけに作るでしょうか?

そこには、もっと深い、作者の気持ちが投影されているんじゃ無いかと、僕は考えるのです。

甘露寺蜜璃と作者のつながり

鬼滅の刃には多くの女性キャラクターが登場します。

で、個人的に架空のコンテンツにおいて、作者が描くキャラクターというのは、作者の分身であるというふうに、僕は考えています。とくに自身の性別と同じキャラクターはその要素が色濃く出ると思っています。

ここでいう分身というのは、全くそのままの分身というのではなく、善であれ悪であれ、馬鹿であれ天才であれ、全て、作者の自覚と認識と願望の範囲にキャラクターである、ということです。すべて作者の一部を切り離して拡大した存在だと思うのです。

今回のケースでいえば、女性キャラクターとしての甘露寺蜜璃というのは、先生のなにがしかの願望が色こく現れたキャラクターである可能性も、大いに有り得る話だと思うのです。

ここで改めてよく甘露寺蜜璃を見てみましょう。

甘露寺蜜璃というのは、劇中のあらゆるキャラクターに恋をします。それはキャラとしてみると無節操ですが、それが作者自身だと考えるとどうなりますか?

これって、実は作者が自分の創作したキャラクターに愛を向けているだけなんですよね。実は、甘露寺蜜璃は恋愛脳なんじゃなくて、作者が自分の作ったキャラが好きだというのを彼女が代弁しているに過ぎないんです。

さらにいうと結婚への憧れというのも、先生に通じるものがあるかもしれない。吾峠呼世晴先生は、結婚と出産による活動停止説がありますよね。もし、それが事実であるなら、先生自身がパートナーと生きるということに、一つの願いを持っていることにも筋が通ります。

それから、キャラクターの性格について。

鬼滅の女子キャラクターは、レギュラーキャラクターには、竈門禰豆子、胡蝶しのぶ、栗花落カナヲ、珠世、神崎アオイ等々がいますが、僕は、これは甘露寺蜜璃も含めて、先生の性格や有り様の分身だと思っています。

禰豆子は、目下の妹女子としての願望が投影された先生、胡蝶しのぶは仕事のできる女として、栗花落カナヲが喋らないヒロインなのは、ひょっとしたら、好きなものだけに傾倒して周りを遮断している先生自身を投影しているかもしれません。

では、甘露寺蜜璃は? それは、先生の最も素直で天真爛漫な部分を爆発させたキャラクターなんじゃ無いかと思っています。

甘露寺蜜璃の小ボケ、振る舞い、優しさ、力強さ、あわてんぼう、食いしん坊、そこには、媚びた悪意など一欠片も感じられません。

先生が常日頃からそうであるかはわかりませんが、少なくともキャラクターというのは作者に「そういう要素」がなければ、真に迫って描ききることはできないと思っています。

そして甘露寺蜜璃の有り様は、ブレがなく実在感もちゃんとあります。それは先生自身の「こういう女の子も好き」を体現したものだと思うのです。そして同時に「かわいい女性であることに躊躇する必要はない」というメッセージでもあると思うのです。

誰かの夢を受けて立つ素晴らしいヒロインの一人

まとめます。

物議を醸すかもしれない、甘露寺蜜璃というキャラクター。その性格、外見デザイン、設定、性格を「少年誌」という色眼鏡で見ていくと、違和感を抱く人がいるかもしれない。

しかし、それは大きな間違いだと言いたいですね。

甘露寺蜜璃の、他者への好意は、作者の劇中キャラへの愛であり、甘露寺蜜璃の性格や結婚への願望、そして女性らしい姿形は、作者による人の様々な有り様のなかにある「可愛い女子」を最大限肯定した結果なのです。

甘露寺蜜璃は、劇中において、その天真爛漫さそのままに、柱としての仕事を見事に完遂し、また想い人と心を通わせる未来を持っています。その一連の流れは、ちゃんと意味があり見る者の心をうつものとなっています。

そこに何を卑下をする必要があるでしょうか?

そんな美しくも伸びやかに活躍する、甘露寺蜜璃は「けしからん」ではなくて、心から応援すべきキャラクターだと思うのですよねぇ。

うん、三期が待ち遠しいですね。


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