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俺ガイル〜由比ヶ浜結衣は、負けヒロインのテンプレか?

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。
©渡 航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。続

※注意:一部、俺ガイル完のネタバレあり。

負けヒロインの条件

やっはろーでおなじみの、ホンワカ可愛いガハマさん。殺伐とした生々しい俺ガイルにおいて、清涼剤ともいうべき”正統派な萌え”を一手に身体で引き受けたガハマさん。というか、高校生にしては育ちきった体躯が悩ましいガハマさん。俺ガイルの嫁ガイル(?)ガハマさん。ギクシャクするゆきのんとヒッキーの潤滑油ガハマさん。そんなふうにして、見事なまでに、ラブコメにおける損な役回りを一手に引き受けちゃったガハマさん。先に言ってしまうと──ラブコメにおいて都合の良い女子は負ける運命にある。

主人公と衝突することのない毒のないヒロインは、物語において負ける。いい人は死ぬし、いい子はかならず負ける。なぜならば、都合の良いキャラは物語を進めないのだ。主人公を甘やかして何でも許すと、物語には事件が起こらずドラマが生まれなくなってしまう。

2ndヒロインの由比ヶ浜結衣は、雪ノ下雪乃と比企谷八幡という、通常では絶対に相容れることのない劇中チートキャラを混じり合わせる為の重要キャラではあったが、それ以外の場面では、ゆきのんほど曲者でもなく、いろはすほど腹黒くもなく、劇中一番に八幡に凋落されてしまった、都合の良いキャラクターだった。

結末が決まってるラブコメ2ndヒロイン残酷物語

べつに由比ヶ浜結衣が悪いわけではない。物語の構造上、潤滑油はどうしても必要だったと思える。つまりは、由比ヶ浜結衣は、俺ガイルという物語に負けたのだ。

比企谷八幡という陰キャ問題児に対して、同じくエリート過ぎて問題を抱える雪ノ下雪乃が相対する。俺ガイルはその構造で始まってしまったのだから、絶対にその構造で終わらなければならない。物語設定として雪ノ下雪乃が抱える問題がそんなに面白い問題ではなかったとしても、そこに帰結するのは必然でもある。

©渡 航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

物語構造において、由比ヶ浜結衣が主導権を握るには、彼女は腹黒く悪どく動かなければならなかった。それはリアルでもドラマでもそう。真ヒロインは主人公と衝突する。ちゃんとした物語であればあるほど、それはそうなる。そうでないと、ドラマは進まず、キャラは主人公の奴隷にしかならない。俺ガイルはちゃんとした物語で、由比ヶ浜結衣は2ndヒロイン、ラブコメとしてたどり着く結果は分かりきった話だった。

そう、由比ヶ浜結衣は物語の構造の奴隷だったのだ──で、それでこの話は終わりかと思いきや、実はそうでもないところが俺ガイルは面白い。

由比ヶ浜結衣の静かな自己主張

さて通常、都合の良い恋愛相手はずっと都合の良いままでいると不幸になる。どこかで、パートナーは相対して対等になる必要がある。しかし、2ndヒロインのガハマさんには、その機会はあまり訪れない。というか雪ノ下雪乃にも訪れないのだけれど、それはまあ「引き伸ばす必要のあるラノベ」であるから、最後まで選択を突きつけないのは致し方ない。しかしそこは完結編「俺ガイル完」において、由比ヶ浜結衣はいろはすと同じ様に、キャラとして血が通いだす。

©渡 航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

彼女は、自分の”したい”を推し進めるために、プロム予行演習前の念入りに化粧をする。そして、ヒッキーが非常時にゆきのんを選んだときに涙をし、ヒッキーの前からいなくなった時には内面の吐露をしてみせる。それらは一見お約束のようにみえるのだけれど、このとき、彼女は都合の良いラノベの萌え女子キャラから、ちゃんと血の通った女子になっている。

これが、他の物語なら──例えば「は○○い」とか「俺○」とかは、ヒロインキャラは都合の良い扱いのままだ(ファンの方すいません)。しかし、一方の俺ガイルのガハマさん──完の3話〜4話における振る舞いは、女子として見事な葛藤をみせている。彼女は正当にヒッキーを得る機会を失い、近すぎるがゆえにダメージを受ける。「誰かを選ぶと誰かが泣く」をちゃんとやり、なぜ泣くのかを、ごまかさずに視聴者に伝えてみせた。そこがこの物語のリアルさだと思う。

俺ガイルに描かれるリアルなやりとり

それにしてもこの物語は、本当に些細な描写を丁寧に描いてくる。

恋をしたことがある人なら知っていると思いますが(謎の上から目線)、お互いを好ましいと思っている二人組が、デートをしている時の、まだお互い手探りの、ちゃかすような誤魔化すような距離感の探り合いが、ちゃんと描かれるんですよね。

©渡 航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

とくに、第四話のヒッキーとガハマさんが小町のプレゼントを探しに行くあたりの絶妙な二人のやりとり。あの感じは「ああ、この作者は絶対リア充経験あるなあ」がヒシヒシと伝わってくる。あれ、一歩踏み込んだときに、全てが噛み合うと二人は恋人になるよね。しかし噛み合わないとすれ違う。あー、あるな〜この感じ、よく描いたなとおもう。

普通ね、少女漫画とか通常のラブコメだと、ああいうのダレるんで端折るんですよ。あまりにも日常的すぎて描きづらい。かわりに極めてドラマチックなシーンを入れてくるか、もしくはダイジェストのカットバックでやっちゃうようなシーンですよ。こういうのをちゃんとやるのは、低予算邦画くらいです。

けれど俺ガイルはそれがやれちゃうんです。なぜならば、比企谷八幡の語りがベースなので、他者とのやりとりが主軸でも間が持つんです。正統派のTVドラマでも難しいのに、俺ガイルはそれができちゃう。

そしてそれは展開がシリアスに切り替わった時に、アニメであるにも関わらず、キャラクターたちにハッとするような息遣いを与える。

由比ヶ浜結衣はテンプレを破って未来に向かう

ちょっと脱線しましたが、話を戻します。

由比ヶ浜結衣は、俺ガイルにおける物語構造には負けるかもしれない。しかし俺ガイルおなじみの”生っぽい女子”としては負けておらず、むしろ静かに決意をし、自分だけの未来すら見据えている。

ラノベはしばしばご都合主義とお約束の集合体であるけれど、俺ガイルは、都合の良いラノベテンプレを選ばない。俺ガイルは、八幡視点のモノローグを付与することで、お約束に反目し、それらを超えてきた物語です。それがこの作品の醍醐味であり面白さなんですが、物語の佳境にあってそれは由比ヶ浜結衣にも見事に反映される。

他のラブコメ的テンプレと何が違うのか?

©渡 航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

俺ガイル完の4話時点の由比ヶ浜結衣を見ていると、彼女が未来にどんな選択をするのかなんとなく想像してしまう。これは、他のラノベ系作品の負けキャラクターにはちょっと無い現象です。他作品のキャラはしばしば本当に都合よくかかれているから将来の姿がイメージできない。彼らには僕らのリアルに直結するほどの息遣いがなく、あくまでもフィクションの存在として見えている。しかし俺ガイル完における、由比ヶ浜結衣はちょっと違う。

まっすぐな彼女は、挫折を経て決意をすると思える。彼女は、ゆきのんが母親に立ち向かったように、他者にとって都合が良いだけではない自分を探そうするんじゃないだろうか? 少なくとも4話時点のガハマさんの内面吐露からは、涙や後悔とともに、何かを変えたいという意思が感じられた。由比ヶ浜結衣は、アニメにおいて、それを想像させるのに十分なほど丁寧に描かれた。

つまりは、ヒッキーをゆきのんの方へと『自分で決めて送り出した』由比ヶ浜結衣は、たぶん自分を変えて将来幸せになる=きっと負けヒロインにはならない。少なくとも間違いなくラノベテンプレの負けヒロインじゃない。そう思える強さが、俺ガイル完の4話で、彼女に付与されたと感じる。

実は、彼女はいつだって自分で、天真爛漫に選んできた。クラスの中で真っ先に八幡に気づき、ゆきのんに近づき、二人の関係を察し、それでもゆきのんの友としてあり、二人を応援した。それが例え割に合わないことだとしても。──自分で選ぼうとするヒロインは、しっかりとキャラが立ち、消費されず強いのだ。

そういう彼女は、容易くテンプレを超える。

追記:8/14 俺ガイル最新記事で、ガハマさんの考察を追記しています。彼女はやっぱり?──詳しくは該当記事「俺ガイルにおける「青春アンチ思想」のウソとマコトと今後の”完”の見どころについて。」をご確認ください。

追記:8/29 俺ガイル8話放映を受けてのガハマさん役割考察「由比ヶ浜結衣は、負けないヒロインを目指して共依存を食い破る。」更新。

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