東京リベンジャーズはなぜ人気? ヒットの理由についての雑考察

東京リベンジャーズ

東京リベンジャーズ、評判いいので一気試聴しました。

普通に楽しめたんですけど、実は私、リベンジャーズは第一話で切った過去があるんです。それは、ヤンキー物に心惹かれなかったからです。しかし、それは大いなる間違いだったようです。

今回はそんなリベンジャーズのリベンジです。改めて試聴した結果の、ヒット理由についての考察。

スポンサーリンク

ヤンキー物不遇の時代にヒットしたリベンジャーズ

昨今の風潮でいうと、ヤンキー物を扱った漫画って、ほんとうに下火ですよね。一昔前なら、少年マガジンにも少年ジャンプにも、ヤンマガ等にも、ヤンキーを扱った作品というのは本当に沢山ありました。って、いや、青年誌系にはいまでもアウトロー物はありますね。

いずれにせよ、全体的にヤンキー物というのは下火だと思うんです。

下火の理由は明快です。

それは、ワルでマッチョであることが、必ずしも社会的に優位ではなくなったからですよね。一昔前は、とにかく、硬派熱血で喧嘩に強いことが、男子のあこがれでした。

今はそうではありません。もちろん、今でもワンピや呪術廻戦やハンタ等では強いキャラクターが出てきますが、それはひところの熱血マッチョ主人公の毛色とは異なっています。

そういう時代にあって、リベンジャーズというのはヤンキー要素をあつかっているにもかかわらずヒットした。

Ⓒ和久井健・講談社/アニメ「東京リベンジャーズ」製作委員会

そこには、ヤンキーというモチーフ以外の理由が、数多くありそうです。

一つづつ解説していきます。まず1番に目につく面白さのポイント、それは過去改変を目指すループ物要素です。

鉄板のループ物語の扱いやすさ

ループもののヒット作って、ほんと多いですよね。

古くはBFFTが思いついたりしますが、最近のメジャーどころでいえば、まどマギ、リゼロ、君の名は、等ある訳です。ループものというのは、本来、タイムマシンを使ったSF的なものでしたが、最近では、ジャンルを問わず使われていますね。

どうやってループしているのかという理屈より、ただ「ループしてやりなおす」という構造が、いかに物語にとって都合よく、使いやすいかがよく分かる人気っぷりです。

ループものの便利なところというのは、「原因と結果の明確化」と「物語上での改善のわかり易さ」に集約しています。

通常、物語というのは「伏線を仕込み、小出しに情報を提示して、それを回収する」というようなプロセスになるように創りますが、これは事前の準備と丁寧な構造化が必須です。この構造づくりに面白さのキモがつまっています。あるカタルシスを得るためには、複数の視点を事前に配置して、それを最も面白い順序で提示することで、面白さを出します。で、順序を間違えたら一瞬でつまらなくなるんです。進撃とかがこれをちゃんとやっている作品なのですが、あれは本当に頭を使う作り方なんですね。

対して、ループものというのは、まず事件の間違った結果を提示します。これが視聴者に対して、クリアすべき明快にミッションを伝えてくれます。続いて、その結果を変えるルートをたどらせる訳ですが、一回目の事件というのは、そこに至るプロセスが既に決まっていますよね。ですから、二回目は、それをどこかのポイントで別のルートに変えるだけでいい。あとは一回目と二回目の落差を大きくすればいい。それだけでダイナミックなお話にみえちゃうんです。

これ一見複雑なようで、作劇上は実は一本道で単純なんです。ループものってあんまり複雑な構造づくりをしないんです。

これがループもののずるい所です。

もちろん、そこからさらに複雑にして面白くすることはできますよ。それをやっているのがまどマギであり君の名はです。この2つはかなり複雑なことをやっています。まどマギは複数ルートを行き来し、君の名はは男女入れ替えという構造を付け加えています。ただ、そこまでやらなくても面白くなっているものはありますよね。リゼロっていうんですけどね。

リゼロの面白さというのは、とんでもない不幸や苦しみとそれを覆すことのカタルシスにあります。ある情緒の落差を最大限引き出すために、ループ構造を使ったところに、あの作品のあざとさがあるのです。

リベンジャーズもそうですよね。こっちも主人公が死ぬほどの苦しみから開放されるところに、カタルシスがある。ていうか、主人公の成長構造や、仲間を救うという展開も含めて、リゼロですよね、リベンジャーズって。

話を戻します。

Ⓒ和久井健・講談社/アニメ「東京リベンジャーズ」製作委員会

つまりはループものという構造は、それなりのスキルをもった作家が下手を打たなければ、最低限の面白さは必ず担保できる物語構造だってことです。

それを、新宿スワンという面白さには定評のある先生があつかうとどうなるか? リゼロを現代のヤンキー漫画でやるとどうなるか? そのアンサーが東京リベンジャーズってことですね。

ただ、リゼロと違う点も、ちゃんとありますね。それは、ターゲット層の違いと、圧倒的な群像劇であることです。

女性層を取り込んだリベンジャーズの群像劇

御存知の通り、リベンジャーズは女性層の取り込みに成功しています。

数多の、初々しいやんちゃ男子が登場し、コロコロと表情を変えて、元気よく暴れるリベンジャーズは、CP探しに困らないというのは想像に難くありません。新宿スワンのときからそうでしたが、和久井健先生のキャラクターはひとクセもふたクセもあってとっても魅力的なんですよね。

で、リベンジャーズは群像劇風にもなっています。

群像劇として複数キャラクターとして描くということは、単純にいってしまえば、数多のキャラの中に推しのタイプがいる確率が高くなるってことです。

女性層というのはしばしば「ストーリー」ではなくて「関係性」を楽しむんですよ。この複数キャラが登場する多面的な群像劇というのは、その「関係性」がいたるところで発生するんです。これは、女性層を引きつける要素につながっています。

さらに、キャラを楽しむ、という点において、リベンジャーズはずるい要素があります。

リベンジャーズは、ほぼすべての登場人物の、幼少時と成人時の両方が描かれるんですよね。キャラクターの様々な成長と変化は、読者により多くの楽しみを与えてくれます。

しかも、すごいのが、ループ物なので「あり得たかもしれない未来」というのが、マルチバースとしてあらゆるところに存在しているってことです。あらゆる人物の関係についての、可能性を想像することができるんです。

そりゃ、捗りますって(何が。

つまり「多数のキャラ」「それらの多面的な有り様」「あり得たかもしれない可能性」これら3つがあることで、リベンジャーズは女性層の取り込みに成功したのです。女子ハーレムしか描かなかったリゼロの取りこぼした層にリーチできたのです。

なかなか、お腹いっぱいなお話ですね。

ですが、まだまだ考察は終わりません。

リベンジャーズの人気につながる要素となるものは、さらにまだあるんです。

ヤンキーのリアルとファンタジーを絶妙に同居させてみせた

さて、冒頭でヤンキー物は下火だ、という話をしました。

それは、かつてワルいマッチョが抱えたヤンキー文化というのが、リアルにおいては通用しなくなったからだという話なのは、先に述べたとおりです。ヤンキー物というのは、今やってもリアリティがない。人によっては、抵抗感すらあると思うんです。それなのにリベンジャーズは受け入れられている。それは何故か?

さて、原作者の和久井健先生は、新宿スワンのときに、自身の路上キャッチとしての実体験を漫画に取り込んでいると言っていますね。そこにあるのはリアルです。リベンジャーズにも、そういう先生が実体験としてもっているリアルのワルさみたいなものが、空気としてにじみ出ていると感じますよね。

時代的に考えた場合、主人公の武道が中学の時、ヤンキーというのはどうだったのでしょう?

武道がいた時代には、折りたたみ携帯が出てきますが、携帯が出てきた時代だと、リアルでは恐らく既にヤンキー文化はすでに相当下火だったと思います。暴走族が隆盛を誇った頃というのは、60〜80年代なんですよね。もう30〜40年以上前なんです。

おそらく原作者の和久井健先生も、キャッチ時代には体験していないはずなんですよ。チーマーやカラーギャングなら分かるんですけどね(IWGPやデュラララでも扱われていたし)。

つまりは、劇中に出てくるヤンキーや暴走族というのは、気質こそかつてのものをなぞらえていますが、どう頑張っても存在としては完全にファンタジーなんですよね。

暴走族やヤンキーというのは、今では本当にリアリティが無いんです。ファンタジーでありギャグにしかならない。そんなやつらいねーよ、と突っ込まざるを得ない。だから描けない、書いても刺さらない、チープになっちゃうんですよね。じゃあ、昔の時代にもどって物語をつくればリアリティが出て真に迫るのか?いやいや、 それは時代物っていうんですよね。現代劇じゃない。

ではリベンジャーズはどうやって、ファンタジーとリアリティを同居させたのか? どうやってヤンキーのチープ化を防ぎ、視聴者の抵抗感を回避したのか?

それはループの飛び先を10年以上前の「あいまいな過去」としたところにあります。

ヤンキー文化を、想定読者&視聴者の知らない過去とすることで、抵抗感をとりのぞき異世界転生や並行世界的に「そういう時代があったかもしれない」と思わせることに成功したんです。

Ⓒ和久井健・講談社/アニメ「東京リベンジャーズ」製作委員会

異世界転生のファンタジーというのは、異界に飛ぶことで、現代ではないルールで物語のリアリティを担保するんです。リベンジャーズは、物語の説得力という点において、それと同じことをヤンキーという存在に対して行っている。平行世界のありえたかもしれない過去とすることで、フィクションの中のリアリティを絶妙にキープして、チープ化を防いでいる。

リベンジャーズというのは、実は「ヤンキー的異世界ファンタジー」でもあるんですよ。

これによって、ヤンキーという嘘の存在が現代と同居していても違和感が無くなった。ヤンキー嫌いな私も、ファンタジーなら受け入れられるんです。これは、結果としてそうなったんでしょうけど、ちょっとすごいよなと思うのです。

もし、リベンジャーズが過去に飛ばずに、現代ヤンキー物として描かれていたらどうなっていたでしょうか? それは、いかに面白かったとしても、青年誌にある化石的なヤンキー漫画程度にしかならかなったと思うんですよね。

リベンジャーズはあざといぐらいに”負けない要素”が入った作品です

以上のとおり、リベンジャーズというのは、ほんとうにあざといくらいに負けない要素が入った作品です。

でもこれ、たぶん狙ってやってなくて、奇跡的にそうなったと思うんですよね。そこもすごいですが。

まとめると以下のような感じ。

  1. リゼロ的ループ構造をもったシンプルな面白さ
  2. 複数キャラの群像劇であること
  3. ループや成長前後が描かれるからキャラの可能性が楽しめる
  4. 現代ヤンキー物ではなく、過去とすることで絶妙なファンタジーとリアルさの同居
  5. 原作者の底力によるそもそもの作品の面白さ

こんな感じで、上記のようなものが、絶妙に合わさって面白くなっているのが東京リベンジャーズなのです。

以上

リベンジャーズの人気要素についての雑考察でした。長くなってしまいました。

キャラクター分析については、また何処かでやると思います。

タイトルとURLをコピーしました