ライナー・ベルトルト・アニという主人公グループへの当て馬という存在と、進撃における伏線回収構造の秘密

進撃の巨人

進撃の巨人が結末に向けて加速していますね。

令和3年の1月時点で、漫画版はエレン襲撃、アニメ版は宣戦布告回です。アニメ63〜64話では、かつての仲間であり敵であるエレンとライナーが再会しました。

今回はそのエレンやライナーらの関係から、原作者諫山創の伏線創作の要点なんかを紐解いてみたいと思います。

©諫山創・講談社/「進撃の巨人」製作委員会

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物語に垣間見るグループという単位

マーレ編では、ライナー・ベルトルト・アニの過去が明かされました。ここまで、進撃における伏線と回収が織りなす重厚な物語構造は、驚きしかありませんよね。

いったいどうやって、新人からスタートした作者がこんな物語を作ったのだろう?天才だから?もちろんそうなんですけど、そう言ってしまっては芸がない。僕は、この重厚な伏線回収の構造をもった進撃の巨人という物語が、どいうプロセスを経て生み出されたのか?

ここで見ていて、ふと気づくのは、原作者諫山創というのは、いろいろな場面で、常に一緒にいる仲間──グルーピングされた最小単位の集まりをよく使うんですよね。

まず主人公グループがそうですよね。エレン、ミカサ、アルミンは、物語の一番最初から目につくグループです。

©諫山創・講談社/「進撃の巨人」製作委員会

そして、物語が進むにつれて判明したのが、ライナー・ベルトルト・アニというグループです。さらに、それはエレンのグループに対して「対」になった存在でした。

ちなみに、劇中におけるグループは、いたるところに存在しています。

たとえば、リヴァイとエルヴィンとハンジもそうです。それから、ガビ・ファルコ、ウド、ゾフィアもそうですね。さらに、マーレ帰投後のライナー周辺、ピーク、ジーク、ポルコもそう。小さな単位でいうと、サシャとコニー、ヒストリアとユミルもそうです。

ポイントは、彼ら個別に、それぞれパーソナルな絆とエピソードを持っていること。そして劇中では、これら複数の主要なグループを置いて交差させることで、伏線を二重三重に設定していますよね。

出来上がったものを見ると、とんでもなく手間のかかることをしている。困難よく作ったな、なんて思いますけど、このグルーピングが進撃の巨人という重厚な伏線回収物語の創作のヒントだと思っています。

グループにストーリーの主眼を置くという発想

作者が進撃やりたかったのが「閉鎖空間における極限状態の物語」だったというのは、聞いたことがあると思います。ですが、それだけでは伏線と回収の構造は生まれません。同時にストーリーや世界観、そしてキャラの関係性を考える必要があります。

僕はここで、まだ当時新人だった作者は、たまたま「ある発想」に思い至ったと思っています。それは「自分が正義だと思い込まされている、同じような2つのグループが同じ釜の飯を食った後で、衝突したらどうなるだろう?」ということ。

©諫山創・講談社/「進撃の巨人」製作委員会

それを象徴するように、エレン・ミカサ・アルミンという人物配置に対してライナー・ベルトルト・アニという同世代の別ベクトルをもったグループが設定された。

これ自体は、オーソドックスな三人称モノや群像視点のストーリーテリングの手法だったりするんですが、当時諫山創は新人です。意図してそれを選んだ訳ではないと思うんですよね。処女作で、たまたまその構造を選んだことが功を奏したと思っている。ここから派生して、すさまじい伏線と回収の物語が生まれたように見える。

物語における伏線と回収の難しさ

さて、物語創作者が伏線を作成するのに、一番何に難儀をするかというと──それは、それぞれの展開における、キャラクターの振る舞いの整合性なんですよね。物語というのが当初の設定が物語が進むにつれてどんどんぶれてズレていくんです。はじめに全ての関係性を想像できている訳ないので(まあ、諫山創が記憶に関してのギフテッド持ちである、という可能性もありますけど・・・)。

で、物語というのは1つのストーリラインに対して1対1のキャラ関係ならば、伏線の設定と回収はとっても楽です。まあまあ、1つ2つくらい追加してもなんとかなるでしょう。一つのストーリーラインに対して、敵対する1つ2つ勢力があって、それが伏線回収するというのは、いくらでもあります。でも進撃はアホみたいに展開が並列して広がっています。

©諫山創・講談社/「進撃の巨人」製作委員会

複数の伏線回収が交錯する物語は、描き下ろしであれば、キャラ別の個別の設定から、伏線回収を作ったり、あるいは事件やドラマから構造をつくったりすることで可能なんです。けれど、進撃の巨人は連載なんですよね。連載モノで、複数の伏線回収を破綻なくやってのけるのはとんでもなく大変なんです。

でもまあ、進撃の巨人は見事にやってのけたし、いまもやっている。全部回収されている。

進撃作者はそんな無理な伏線設定をどうやって実現したのか?これ、結構悩んだんですけど、 ポイントはキャラクターではなくて、グループを用意したことだったと思うんですよ。

連載モノにおけるグループ構造の使いやすさ

多くの物語創作者は主観で物語を作るので、伏線の設定と回収が単発になります。しかし諫山創は、設定の他のストーリーラインとして「主要なグループ」を作ってぶつけることを発想のスタートとした。さらにその中で「キャラとキャラ」をグループを飛び越えてからませて因縁をもたせることで、伏線と回収の重厚な構造をつくった。

創作の視点が、設定や世界観、ストーリーじゃなくて「グループを描くこと」なるので、グループが破綻しなければ物語が破綻しないですむんですよ。キャラだと細かすぎて訳わからなくなるんですけどグループだったら、連載モノでも後付でも破綻なくなんとかできそうだと思った。そういう頭の使い方をしたんだと思うんですよ。

©諫山創・講談社/「進撃の巨人」製作委員会

ただ、新人がいきなりその作り方にたどり着くかというと、無理だと思うんですよ。作者は、たまたまそういう作り方をスタートにしたので奇跡的に今にたどり着いた。多くの重厚な物語が、広げた風呂敷をたたむ事ができずに終わったことを考えると、やっぱり才能以前に、スタートの仕方の奇跡があったんだと思うんですよね。進撃の巨人って。

奇跡的なスタートが重厚な物語を生んだってこと

さて、整理します。

原作者の諫山創がやろうとしたのは「閉鎖モノデスゲーム」だったのは知られた話ですが、加えて「2つの同じ世代のグループの衝突」をはじめにストーリー構造として選んだ。エレン・ミカサ・アルミンに対して、ライナー・ベルトルト・アニを配置した。そこをストーリーの発想のスタートとした。

そのルートで始まれば「じゃあ個別年表も必要だな」「設定の深堀りもしなきゃ」「それぞれの勢力を操っている悪い大人たちが必要だな」「厚みをもたせる為に別グループも設定しなきゃ」「それも交錯させよう」流れが「後付け」でも出来る。

つまり、かなり奇跡的に正しい手順を一番最初に選べたことが、進撃の巨人という作品を生み出したんじゃないかな、と予想しています。「伏線と回収の凄い話を作ろう!」から始まったら、まずこういう作り方にはならないし、新人には無理だったと思うんですよね。

今はもう完全に、作者に実力がついているので破綻することはないと思うんですけど、初期は下手なスタートの仕方だったら、早い段階で風呂敷を回収できなかった可能性すらあったかもしれない。というかそういう漫画家さんいっぱいおるような?

いずれにせよ、そういう創作者の、スタートからの選択の奇跡が積み重なって広がった物語が、驚異の伏線と回収の構造をもつ、進撃の巨人というお話なんじゃないかと僕は思っています。

ま、いろいろ予想の範囲を出ませんけどね。

©中川沙樹・諫山創・講談社/「進撃!巨人中学校」製作委員

ていうかさ、ライナー・ベルトルト・アニのトリオってホント良いよね。大好きだわ僕。

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